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こんにちわーく

  • 2014/02/28 03:04
  • Category: 写真
明日はハロワにいってきます。
どうも次の会社と契約するのに雇用保険被保険者証とかいうものが必要だそうで。
なんかこういう重要書類的なもの、毎度ようわからん。困ったもんです。すーだらら。

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芋ようかんくいてー。
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境界の話

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昨年だかおととしの記事ながめてて思ったけど、自分はほんとにぼんやりした言葉しか
連ねさせられない人間なのな。と改めて。
あとは意識しないとなんか自己啓発的な文章書いて満足して終わっちゃう感。
もうちょっと見たまま感じたままに言葉に書き換えられたらとても自由になれそうな気がするのに。

そうそう、その記事の中で地続きなのに境界があるなんてどうのこうの
って書いてあって、最近当たり前のことに改めて気付いたから。

ぼくらみたいな写真撮る人って場所をとっても大事にしてます。
場所ってもロケーション?文化とか雰囲気諸々含めて。
ぼくは割と行き当たりばったりなロケしかしてないけど。

簡単にカテゴリ分けしたときに『街』と『町』とか
山村とか、自然の中とか。
ある程度人口密度的なものだったり、建物とかの景観の違いなのかな。
よく町と郊外って対比されるんだけど。
働くところ住むところ。みたいな。
どこからが市街地でどこからが郊外なんだろうって。わりとよく使われるコンセプト。
文明とかってよく大きな川沿いにできるとかいうけど、日本の街並とか景観もわりかし川を隔てて大きくかわってる感じするよね。
この前名古屋から岐阜の養老の方にいったときとか、
庄内川越えたあたりで、「あ、こっから郊外って感じ」がして
木曽川越えたあたりで急に田舎!って感じになるんだよね。

川ってとっても境界線。
僕たち自身が歩いてマクロな目でみたら川周辺なんてほんとにジャングルだけど、
グーグルアースの力とか借りてちょっと鳥瞰で見てみるとわりとそんな感じはする。

街と町なら町が好き。
でも人が少ないから街から町に見つけた人を連れて行くのが好き。
都市へ働きに出てそこで出会った人と結婚して郊外で住む的な。
人の流れは割とどんなケースでも似通ってくるのかね。

飛んで火にいる

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年がら年中光りにむかってふらふらふらふら。
ステージだったり部屋だったりするわけだけど
何をさせるか、何をするか、もうちょっと色んなアイデアほしいね。

今とっても頭の中をぐるぐるしてるのは日本や中国の鬼のこと。
強くて、邪なもの。よこしまさん。
怠惰であることとか、もろもろひっくるめて、浸かってしまう邪なものを祓うイメージっていうか。なんというか。
結局写真に起こそうとしてることって言葉じゃ全部説明できないけどいつも。
そういう感じ。

ライブな感じよりプランニングからのセットアップにチャレンジしていこうと思う。

モデル募集中。

アナーキーなアラーキー

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無秩序みたいな非日常を写真に求める事はよくある話。
エロスとバイオレンスが写真を強くする。なんて言われることも。

見る人によっては、現実感が写真だって言う人も、それを上回る非日常感を強く求める人もいるけど
作る側からしたら目の前にあるものしか撮れないし、それをどう受け取るかってところでしょう。
目の前をどんな景色にするかは撮る人次第なわけだけど。

写真が写真になってること自体が非現実的なことであるとも言えると思う。
それが楽しくて写真やってるんだろうね。

一場面の手の施せる範囲とか、想像させる力とか
ある意味動画以上に映像的な底力を持ってる。

ソチ五輪のフィギュア見てたらまたこんな時間。
浅田真央ちゃんの演技。よかったよ。ちょっと目頭熱くなった。

物理的な距離とか

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撮りたい人が遠い。
欲しいイメージが遠い。

なんかこれ。とても日本。
せまい国なのに中に居る人達の足は疲れきっていて、車や電車がないと遠くにすらいけない。
数百年前まで自分の足でどこへでも行ってたなんて信じられないくらい。

動きの鈍いものと俊敏でスタミナがあるものとじゃ同じ距離でも全然感じる遠さって違うよね。
結局スピードとスタミナつけようっていう自己啓発的なあれになるわけで。

ひとのこと

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独自のものに対しての憧れが強い反面人の影響をもろに受けやすい
その人達のものへの憧れからなのか
とにかく強く印象に残った作品のエッセンスが主観のノイズの中から見ても自分の作品の内に見えることがしばしば。

とても最近の話だと自室でライトテストを兼ねてセルフポートレイトを撮った時
マシンに取り込んでいざレタッチしようとすると
こいびとが撮った写真にみえる
普段から自分を撮ってくれるのがほとんど恋人だからなのか
最近恋人の写真をゆっくり見る事が多かったからなのかわからないけれど

よくもわるくも簡単に影響される私。
それでも格好いいものは格好いいし、自分の審美眼はそれなりにもっているつもり。
直前に自分が写った写真の話をしていてそんな事を言うととてもナルシスト。
それでもいいや。

立ち位置

  • 2014/02/16 00:23
  • Category: 日記
たぶん人並み以上っていうか、異常に写真のことばっかり考えてるくせに
それについて誰かと話そうと試みても核心になかなか迫れなくて毎日イライラしてる。
何が撮りたいとか、どういう形でとか、コンセプトとか、
そういうのじゃなくて、もっとなんか内内でぐじゅぐじゅしたやつ。

昔から作文は苦手だし、絵を描くことは好きだったけどそれほど上達もしなかったから
気まぐれに手に取ったカメラで簡単に目の前のものが写る事が楽しくて
ずるずる続けてしまった写真。
そもそも表現するっておこがましいどころかエゴの塊というか、
他人からしたら至極どうでもいいもので、共感や共鳴する人って本当にごく一部で
普通に生活している分には余分極まりないものなのだろうけど、
そういう事に対してポジティブでいるのはいつまでたっても一般的な意味で大人になれないっていうことなのかな。

人の暮らしについてよくよく不思議に思ってしまう。
やりたいことだけやって人らしい生活がおくれない世界の構造が間違っているんじゃないかとすら。
だからといってちゃんと仕事して生活してる人を馬鹿にしてるわけでもなく、
むしろ自分のコンプレックスを隠す暇もなく賛辞を送りたいほど仕事をしている人は尊敬する。

これを偶然見るかもしれない数人にも十分言えることだけど。

確かなもの

が、欲しいっていうのはずっとある。アワードだったり店頭に並ぶものだったり
自分だけの記録じゃなくてパブリックに記録されるようなもの。
自分だけの記録はそれはそれで黙ってても増えて行くから。
承認欲求みたいなものは年をとるごとに強くなっていく。
自分が自分だけじゃ生きられないことにどうしようもなく絶望したり、嬉しくなったり面倒くさい生き物になってる。

作品を作るのって、ある程度の枚数を構成を決めて、どんな形で表に出すのかっていう話だけど。それは写真を撮ってる自分への責任を果たすことだったり、単純な新しいモノ見たさだったり、良いなって思うものへのオマージュだったり、
自慰的に消化したいことをそれにのせていたり、どうにか環境を変えたいがためのツールだったり
ほんとに色々。その時々によってどの要素が強いかは違えどある程度どの要素も含まれてる。

また選択を迫られる時が近々来るのだけれど、その時はその時で、もっと近い未来をどう生きるかでちょっと手一杯。
年が変わって、自分の身の回りの人の顔ぶれも少し変わって、どんな時間を過ごすことになるのかわからないけど、
周りも巻き込んで少し濃い時間をすごしたいっていう欲求も。

ゆるされてる

  • 2014/02/15 03:27
  • Category: 日記
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まめじゃないんです、ほんと色んな事に対して。
それでもそれでいいって、全部許してくれる人ってすごい。

計り知れないいとしさとかもらった体温のこととか、
たくさん感謝してて、それでいてまだ欲してて
ほんと底なし、底抜けに愛し愛されてると思う。

あいしてるって口に出して言うととても安っぽく響くのは自分だけなのかな
言い慣れてない人種なのかしらないけど。
なんか語感がいやらしいのかも。
すきとかだいすきのほうがすっきりしてて、ストレートで、明快ですき。
すき。
でも、それだけじゃなんか足りないときってあるじゃないですか。
そゆときの言葉選びにこまってしまうから、そういうときはいつもよりつよめに抱きしめておけばいいですよね。

って思ってたんですよ。

距離が遠くて、生活リズムもすれ違ってて電話での会話もままならない場合ってどうしたらいいんだろうね。
それでも無性に会いたくて、気持ちが溢れそうになる時ってどうしたらいいんだろうね。
まくらに顔面埋めてしくしく泣いてりゃいいのかね。乙女だね。

ちからいっぱい握りしめた拳で自分の横っ面を助走つけて殴りつける

  • 2014/02/14 02:46
  • Category: 日記
ここの存在を今更思い出した。

なんだかね。岡崎に帰ってきていつの間にやら半年以上。
帰ってくる前から仕事は決まっていたけど、仕事が始まるまでのこのクソがつくほど自由な時間をどう過ごしたのかすらぼんやりとしか思い出せないし、東京での暮らしなんてさらに地平の彼方に飛んで行ってる。

意気込んで旅立ったは良かったものの大変な痛手を負ってしっぽ巻いて帰ってきたんだよ簡単に言えば。
Twitterとか思いついたところでぽんぽん吐き出すには都合いいし、FaceBookなんかは自己顕示欲を満たすにはもってこいだけど
どっちも色んな人と繋がってるのが形に見えてくるのは疲れて当然かなとも思う。
反応がなければないで否定された気持ちになる。なんでもないのにね。
そんなこんなでやっぱりひっそりもそもそ吐き散らかせる場所がいいねって思う。

最近こいびとが東京に旅立ちました。
寂しいです。寂しいなんてものじゃない息苦しいし、いっそ息をするのも止めてしまいたくなるくらいもどかしい。
自分が逃げてきたステージに今立っているこいびと。
自分がこれからどこに向かうのか、結局またやりたいことだけできる環境を求めてさまよい始めてる。
24年とちょっと生きてきて、結局我慢をおぼえられず、わがままにしか生きられないたちなのかなとか
あきらめにも近い感覚を覚えてる。

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プロフィール

ぐい

Author:ぐい
平成元年。
写真の奴隷。

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