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  • 2014/02/16 00:23
  • Category: 日記
たぶん人並み以上っていうか、異常に写真のことばっかり考えてるくせに
それについて誰かと話そうと試みても核心になかなか迫れなくて毎日イライラしてる。
何が撮りたいとか、どういう形でとか、コンセプトとか、
そういうのじゃなくて、もっとなんか内内でぐじゅぐじゅしたやつ。

昔から作文は苦手だし、絵を描くことは好きだったけどそれほど上達もしなかったから
気まぐれに手に取ったカメラで簡単に目の前のものが写る事が楽しくて
ずるずる続けてしまった写真。
そもそも表現するっておこがましいどころかエゴの塊というか、
他人からしたら至極どうでもいいもので、共感や共鳴する人って本当にごく一部で
普通に生活している分には余分極まりないものなのだろうけど、
そういう事に対してポジティブでいるのはいつまでたっても一般的な意味で大人になれないっていうことなのかな。

人の暮らしについてよくよく不思議に思ってしまう。
やりたいことだけやって人らしい生活がおくれない世界の構造が間違っているんじゃないかとすら。
だからといってちゃんと仕事して生活してる人を馬鹿にしてるわけでもなく、
むしろ自分のコンプレックスを隠す暇もなく賛辞を送りたいほど仕事をしている人は尊敬する。

これを偶然見るかもしれない数人にも十分言えることだけど。

確かなもの

が、欲しいっていうのはずっとある。アワードだったり店頭に並ぶものだったり
自分だけの記録じゃなくてパブリックに記録されるようなもの。
自分だけの記録はそれはそれで黙ってても増えて行くから。
承認欲求みたいなものは年をとるごとに強くなっていく。
自分が自分だけじゃ生きられないことにどうしようもなく絶望したり、嬉しくなったり面倒くさい生き物になってる。

作品を作るのって、ある程度の枚数を構成を決めて、どんな形で表に出すのかっていう話だけど。それは写真を撮ってる自分への責任を果たすことだったり、単純な新しいモノ見たさだったり、良いなって思うものへのオマージュだったり、
自慰的に消化したいことをそれにのせていたり、どうにか環境を変えたいがためのツールだったり
ほんとに色々。その時々によってどの要素が強いかは違えどある程度どの要素も含まれてる。

また選択を迫られる時が近々来るのだけれど、その時はその時で、もっと近い未来をどう生きるかでちょっと手一杯。
年が変わって、自分の身の回りの人の顔ぶれも少し変わって、どんな時間を過ごすことになるのかわからないけど、
周りも巻き込んで少し濃い時間をすごしたいっていう欲求も。
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ぐい

Author:ぐい
平成元年。
写真の奴隷。

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