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ひとのこと

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独自のものに対しての憧れが強い反面人の影響をもろに受けやすい
その人達のものへの憧れからなのか
とにかく強く印象に残った作品のエッセンスが主観のノイズの中から見ても自分の作品の内に見えることがしばしば。

とても最近の話だと自室でライトテストを兼ねてセルフポートレイトを撮った時
マシンに取り込んでいざレタッチしようとすると
こいびとが撮った写真にみえる
普段から自分を撮ってくれるのがほとんど恋人だからなのか
最近恋人の写真をゆっくり見る事が多かったからなのかわからないけれど

よくもわるくも簡単に影響される私。
それでも格好いいものは格好いいし、自分の審美眼はそれなりにもっているつもり。
直前に自分が写った写真の話をしていてそんな事を言うととてもナルシスト。
それでもいいや。

ひっこしました。

東京にひっこしました

明日から仕事がはじまります。

念願のレンタルスタジオでのお仕事です。
全然ゴールじゃないよ。スタートラインでもないよ。
カメラマンになるのが次の目標でスタートラインだよ。

途中でスタジオあきらめたやつ。大学やめるときにオレのこと馬鹿にしてたやつ。

ざまぁみろ。

負けねえかんな。

こっちでさっそく良い感じの被写体と美容師さんと知り合いました。
いい波着てる。のるっきゃない。

とりあえず小さな目標としてスタジオでの雑務と初期カリキュラムを完璧にこなすこと。
休日はぼーっとしてないでせっせと作品作りに勤しむこと。
平日夜は新世紀に出すためのポートフォリオ改良。

のるっきゃない。

いつもの

だれてきたから書いておこうかな。

刻一刻と卒業制作の提出日が近づいております。
愛知県内にいれるのもあと2ヶ月ちょっと。
もう少し自分の身の回りを大切に眺めてみようと思います。

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正直なところ

写真を使って表現したい事は私には何もございません。

死にたい欲望も

人を救いたい気持ちも

すくわれたい気持ちも

かわいいと思わせることも

愛しい気持ちすらも

格好良いとか格好悪いとかじゃなく、そこまで執着できる気力体力がないのかもわかりません。
ただ私にはもう写真しかなくて、それを糧にシャッターをきり続けるしか生きる術を知らないのです。
生きるために撮っているのです。生きているから撮っているのです。

もし写真と出会っていなかったら、文を書いていたかもしれません。
何にも形にはせず頭の中を浮かんでは消える日々の思考にとどまっていたのかもしれません。

義務ではなく既に息をするように写真を介してでしかものごとが進まなくなっているのです
自由に撮りたいと言っている時点で写真にとらわれているのです
ただただ残すのです。
思いが写っているのではありません。
その時の情景と自分の思いが自分の中だけで呼び起されているにすぎません。
他人が見て同じようなことを感じるのは気のせいです。
感じ方なんて人其々なのです。

見る人にまかせます。

表現という言葉の意味がわかりません。表現は押し付けだとも思います。
我儘に、自分の思いを押しつける。表現。
押しつけ、押しつけられた人が是とするのであればよしとすれば良いのでしょうか。

抱えた矛盾が爆発寸前です。
結局自分のことで手いっぱいで押しつける事は簡単なのです。楽しいのです。
世界の事実だけを伝えるなんて退屈すぎるのです。
自分の気持ちを押しつける事が気持ち良いのです。
正しいとか間違っているとかじゃなくて快楽を求めるのです。

だから皆自分の気持ちを押しつける表現を続けるのです。
死にたい気持ちや、人を救いたい気持ちや
それを表現しようとしている人達の心は知りません。そもそもそれを本当に表現したいのかも知りません。
写真をみてもわかりません。当たり前です。

私は何が表現したいのでしょうか。
冒頭に「何もございません」と言いながらそれを欲しているのです。
写真がやりたいからです。
写真は楽しいです。時間を切り取り、世界を手の中で弄ぶ、
さでぃすてぃっくな気持ちに満たされます。
なのになぜどこまでも満足できないのでしょうか。
手中に収めた世界を選択しなくちゃならないのでしょうか。
やっぱり画だからでしょうか。

私がやっているのは写真なのでしょうか、光画なのでしょうか、表現なのでしょうか。
それとも別の何かなのでしょうか。
呼称の問題ではなくいったい何なのでしょうか。

少なくとも、わかっているのは
シャッターを押したくなる瞬間、空間、人がいて
それを使ってまた他の世界を作り上げようとしていること

それが何なのかを知りたいのです。
どんな表現が内在しているのか、自分自身に問いかけているのです。
ポリシーが欲しいのです。

一年生の終わりの作品では「なくしたくないもの」なんて言ってましたが
決してそうでもないのです。大きく時間が過ぎたものに対してそこまで執着など生まれないのです。
なくした瞬間には惜しいと思えど、一時的なものですぐにどうでもよくなってしまう。
そういう意味では自分の性格を忘れて作った三文作品でしかないのだと最近よく思います。
不変なるものなどこの世に何一つないのだろうけど、
人一人のちっぽけな人生の間くらい変わらないものがあったって良いんじゃないでしょうか
それくらいの時間を経過しても風化しないものであればそれなりの力がある作品が生まれるのではないのでしょうか。

写真で嘘がつけるのは知っています。最近わかりました。
実践もしました。
でも何か違うんです。
嘘をつきとおすのは苦手です。
どんな嘘をついたか忘れてしまいます。

セットアップすることは嘘なのでしょうか。
言葉のない写真に嘘は存在するのでしょうか。
写ったものに意味を求めなければ嘘などなくなるのではないのでしょうか。

自分で言っていて意味がわかりません。
これをこんなところまで読んでいるのはそうとう変な人か、暇な人ですね。
ごめんなさい。

考える生き物は生きるのに必要のない事まで考えます。
すばらしい無駄です。豊かな無駄です。
意味を求めなければなんて愚の骨頂です。矛盾に殺されろ。
意味を求めることを楽しみましょう。豊かな無駄に溺れましょう。
豊かな無駄を生みだしましょう。

(一時的な)不変なる思いのない私はしかけることを楽しむのでしょうか。
見ただけのものを組むのは表現とは言わないのでしょうか。
ニューカラーの流れに限り無く近い気がするなぁ。



何ぶん頭が悪いので雑多な考えを文章に書き起こそうとすると支離滅裂なものになります。
結論なんて結局出ませんでしたね。

どこまでが周辺で、どこが境界なのか
ある一定のラインに沿って歩けど、歩ける限り全てが地続きで
昨日と今日と明日の境界なんてものは時間という定義の中での境界は目に見えるものとしてはあまりにもあやふやで

ある場所から道の名前が変わったとしてもそこに境界なんてなくて地続きなのに、記号としての区別以外にそれが必要なのかと問われたらあまりにも答えづらい

すべてが繋がっていることで、過ぎた事はどうあがいたところで印象操作しかできず
私達がここから関与できるのは全て未来のことなんだ

今もどこか知らないところで同じ時間が流れていて色んなものが生きている。
知っているけど知らない事実。

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何日目ですか・・・。

かんっぜんに、だれた( ´゚д゚`)

言い訳っぽいことは全部置いておいて、
最近地元を客観的に観てみようと、試行錯誤しながら歩きまわっております。

途中立ち寄ったセレクトショップで売ってた写真。
在日米軍のどなたが撮った写真だそうな。
すごい良かったから5枚ほど買ってきてしまった。

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なつやすみ 13日目(8/6)

なんかこうやって連続で記事書いてるとなつやすみの絵日記の宿題を終わりがけに一気に書いてる気分になるな。

8月6日
ゆうたろうは7時頃出ていったのか、俺が起きたらもう居なかった。
この日は夕方まで予定がなかったのでもそもそと起きて北千住周辺からロケ開始。
歩き出してすぐに雨が降り始めたのでタバコ屋の店先で雨宿りしてると親切なおばちゃんが傘を差し出してくれた。
ただで傘を手に入れ、靴はズブズブでも足取り軽くふたたび歩き出した。

とりあえずタバコが切れそうだったのでブラックデビルが売ってるタバコ屋さんを探して銀座へ。
目的地につくまでにいろんな広告に目を奪われつつ、着いてみたらもう1こ次の駅のが近かったことに気づいた。
まだまだ東京の交通事情にはついていけてないようです。

この時もう靴がズブズブで体も冷えるし、いい機会なので新しいのを買おうと思い渋谷へ。
マックで腹ごしらえして、靴屋さんへゴー。

くすんだブルーのかわいこちゃんがいたので即購入。

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しかし、足汚いな。
今までだいぶ長いことお世話になった茶色いアディダスさんはその場で廃棄させてもらいました。
なーむー。

新しい足で少し歩いただけで靴擦れし始めたけど、絆創膏貼って知らんぷり。
雨足もドンドン強くなるし都写美でゆっくりしようかと思って行ったけど、定休日。
……。
建物の側面の方にあるロベール・ドアノーの『市役所前のキス』だけ堪能して、都写美を後に。
16時から目黒駅でカメラマンをしてる再従兄に会う予定だったのでそれまでぶらぶらしようと、そのまま周辺をうろうろ。
昔画材屋の営業をしていたというタクシーの運ちゃんとしゃべってポートレイト撮らせてもらったり、野良に猫缶を与えるローラみたいなお姉さんを遠目で観察したりしてたらすぐに約束の時間に。

近くの喫茶店で使ってたスタジオのことやら今の仕事の話を聞いたり、今学校でやってる事を話したり情報交換。
大学卒業後、即直アシに入ったので専門学校やスタジオアシスタント経てからの人が非常に羨ましいらしい。
確かに横のつながりは結構できるだろうなぁ。
そろそろ時間かなーって時に8日に撮影入ってるから見学来るかいとお誘いを頂きました。
小さい仕事でも生の現場を近くで見れるってテンション上がる。

そんな感じでその後すぐにゆうたろう宅に帰宅。
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プロフィール

ぐい

Author:ぐい
平成元年。
写真の奴隷。

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